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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1262号 判決

控訴人 阿部正

被控訴人 東京富士青果株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し控訴人が別紙〈省略〉目録記載の株券引換証に対応する株式につき被控訴会社の株主であることを確認し、右株式を控訴人名義に書き換え且つその株券を引き渡せ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに株券引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、もし右請求が理由がないときは、「被控訴人は控訴人に対して金二百五十四万四千百円及びこれに対する昭和三十年二月十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、本件株式引換証は、被控訴会社がこれとともに訴外村田一郎に交付した株式引受人名義の委任状、処分承諾書、被控訴会社名義の株式名義変更承認書及び念書等を併せ考えれば、これ等一体をなした証書は少くとも本件株式を表彰する一種の有価証券と認むべきである。その理由に次のとおりである。

(イ)  まず右証書が株式を表彰するものでないとすれば、仮りに被控訴会社から直接右証書の交付を受けた訴外村田一郎が自己名義に書換の請求をなし、被控訴会社が株式名義変更承認書により右の名義書換をなした場合でも、同訴外人は右証書の取得により実際は株式を取得することができないから株主となりえない。また被控訴会社は右各証書を同訴外人に担保として交付した際、右各証書を持参すれば株式名義変更承認書記載のとおり株式の名義を書き換え以て同訴外人を株主とする意思であつたことは明らかであり、さればこそ右証書は相当の交換価値を有しこれを担保として金百万円という大金を借り受け、なお期日に完済できないときは処分しても構わぬという念書を入れたのである。従つて被控訴会社としては右各証書を以て価値あるものすなわち本件株式を表彰させたものであることは明らかである。

(ロ)  本件証書(株券引換証、委任状、株式名義変更承認書等を一体として)が商法上予定されている有価証券でないことは当然であるけれども、いわゆる有価証券性は単に法の規定によつて生ずる場合のみならず、当事者の意思表示によつて発生する場合(例えば指図文句の記載)もあつて、本件証書はその記載によれば、これを取得したものが委任状を以て被控訴会社に名義書換を請求し、会社はこれを承認して株主とするという趣旨の書面であり、なお念書には被控訴会社が本証書を処分しても異議がないと記載しているとおり、被控訴会社及び各株式引受人において本件証書に流通性を附与し本件株式を有価証券として発行したものにほかならない。

(ハ)  右のとおり本件証書は被控訴会社及び各株式引受人合意のもとに株式を表彰する有価証券として発行したものである。そうであるとすれば、強行法規に反しない限り当事者の意思を尊重しこれを保護することが法律関係を安定させ法の目的に適するものであるところ、株式の譲渡に株券の裏書移転を要するとの法の規定は、会社運営を円満に行わせるためのもので会社保護の規定であるから、会社及びその株主が右以外の方法によることを合意した場合は、これを否認して法律関係を錯雑化し会社の運営を煩雑ならしめるよりも、本件証書はこれを以て株式を表彰する一種の有価証券と認めてこれによる株式の譲渡を有効と認めるのを相当とする。

以上のとおりであり、なお株式申込証拠金受領証の移転による株式の譲渡さえ商慣習として認められているのであるから、本件証書による株式の譲渡も有効といわなければならない。

二、本件株式の譲渡は株券発行後になされたものではない。すなわち、

(イ)  株券の発行とは、会社が株券を当該株主に交付すること、すなわち具体的な発行を指称するものである。もししからずと解するときは、大会社のように多数の株券を順次株主に交付する場合は、何時を以て株券が発行されたものと認むべきであらうか。また株式申込証拠金領収証の引渡による株式譲渡は商慣習として認められているところであるが、もしある者が株式申込証拠金領収証を質物として受け取りその債権の弁済期前にいわゆる株券の一般的発行があつた場合には、もはやその質物を処分しえないことになり法律関係を複雑化することとなるのではなかろうか。従つて株券の発行とは当該権利者に株券を交付することすなわち具体的な発行を指すものと解すべきである。

(ロ)  してみると、本件においては、被控訴会社は自ら定めた方法により株式を取得した訴外小島大三に株券を交付していなかつたのであるから、控訴人が本件株式を譲り受けたのは株券発行前であるといわなければならない。

と述べ、被控訴代理人において、

一、(イ) 控訴人は、本件株券引換証に加うるに本件委任状、処分承諾書、株式名義変更承認書及び念書等一体をなした証書は、本件株式を表彰する有価証券であると主張するけれども、財産権が証券に化体されその権利を主張するためには、証券の所持を必要とし、市場を転輾流通すべき有価証券は、必然的にその成立要件が厳密に法定せらるべきであつて、商法第二百二十五条に株券の記載事項が規定されていること、また白紙委任状附株式申込証拠金領収証さえも有価証券とされず、単に免責証券たるにすぎないことからしても控訴人主張のいわゆる一体をなした本件証書類を有価証券と認めることはできない。

(ロ) 控訴人の主張は、本件株券が有価証券たることと、被控訴会社ないし各株主対訴外村田一郎間の本件債権債務関係とを混同している。被控訴会社は同訴外人に金百万円の債務を負担し本件株式を担保に差し入れることを承諾したのではあるが、本件証書類を有価証券として認めたものではなく、また仮りに、有価証券として認めたとしても法の許容するところではない。

(ハ) 被控訴会社が本件証書類に流通性を附与したことはなく、また一会社の意思によつて、このような証書にたやすく流通性が附与されることとなれば、同一の株式について二重にも三重にも流通証券が発行されることとなり、取引の安全は到底期待しえない。

(ニ) 記名株式の譲渡方法が商法第二百五条に規定されていることは、単に会社保護のためではなく、株式が有価証券流通証券であることに鑑み、取引の安全敏活を期したものであつて、一般取引者の保護が最大眼目である。従つて当事者が如何ように合意しようとも、右法条に規定する以外の方法で記名株式を譲渡することは許されない。株券発行前における株式申込証拠金領収証の引渡による株式の譲渡は商慣習法として認められているようであるが、控訴人主張のような株式譲渡方法は、社会の法的確信によつて支持されていないのであるから、これを同一に談ずることはできない。

二、本件株式の発券は、昭和二十四年十月中旬頃各原始株主に株券を交付してなされたものであつて、控訴人への株式譲渡は株券発行後になされたものである。仮りに株券発行前の譲渡であるとするならば、控訴人は会社に対してその効力を主張しえないものである。

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は、本件に顕われたすべての証拠を仔細に検討した結果、控訴人の本訴請求は理由がないものと認めるものであつて、その理由は左記の点を附加するほか、原判決がその理由中で説明しているところと同一であるからこれを引用する。

一、控訴人の第一次の請求についての判断における事実認定の資料として当審証人金沢卓三(第一、二回)、関根房由、小原年雄の各証言及び当審における被控訴会社代表者木村嘉市の尋問の結果を追加する。

二、控訴人の当審における一の主張について。

控訴人は、本件株券引換証に加うるに、株式引受人名義の白紙委任状、処分承諾書、被控訴会社名義の株式名義変更承認書及び念書等一体をなした証書は、本件株式を表彰する一種の有価証券である旨主張するので考察する。商法は株式を表彰する有価証券すなわち株券の記載事項を一定し、その発行について時期を定め、その譲渡、即時取得、喪失の場合にこれを無効とする手続について厳重な規定をおいており(商法第二百二十五条、第二百二十六条、第二百五条、第二百二十九条、第二百三十条参照)、これ等商法の規定は強行法規たる性質を有するものであるから、たとえ会社及び株式引受人等において株式を表彰させる証券たらしめる意思を有している場合でも、右のような商法の規定を無視して株券と同一の効力を有する有価証券を認めることはできない。従つて本件証書類を一体として考察してみても、これを株券又は株式を表彰する有価証券の一種であると認めることはできないので、控訴人の右主張は採用することができない。

三、控訴人の当審における二の主張について。

商法第二百四条第二項は株券の発行前になした株式の譲渡は会社に対してその効力を生じない旨規定しているのであつて、ここにいう「株券の発行」とは株式引受人に株券を交付する具体的な株券の発行ではなく、合理的な一般的株券の発行と解するのを相当とする。

蓋し、昭和二十五年法律第百六十七号による改正商法は、株式取得者の氏名を株券上に記載することを廃止したばかりでなく、会社は成立後又は新株の払込期日後遅滞なく株券を発行することを要するものと規定する(商法第二百二十六条)にかかわらず、もし会社が株券の未発行を理由に株式譲渡の効力を否認することができるものとするときは、会社は自ら株券の発行を遷延することによつて、株式の譲渡性を事実上剥奪することができることとなるのであつて、このことは定款の定によつても株式の譲渡を禁止し又は制限することができないとの原則(商法第二百四条第一項)に背反することとなるからである。従つて右と反対の見解に立つ控訴人の主張は採用しがたい。のみならず本件においては、成立に争ない甲第一号証の一、原審証人林信助の証言により真正に成立したものと認める乙第一ないし第三号証、同証人及び当審証人金沢卓三(第一回)の各証言並びに当審における被控訴会社代表者木村嘉市の尋問の結果を綜合すれば、被控訴会社は資本金四百万円(その後金七百万円に資本増加)を以て設立せられ昭和二十四年五月七日その登記手続を了して成立したものであるが東京都台東区上野広小路松坂屋印刷部に委嘱して右株券用紙を印刷し同年十月中には右株券の調整を終えて各株主に交付した事実を認定することができる。もつとも当審証人関根房由、金沢卓三(第一回)、小原年雄の各証言及び当審における被控訴会社代表者木村嘉市の尋問の結果によれば、別紙目録記載の株式引受人の中には、その引受株式に相当する株券の交付を受けたけれども、当時そのまま被控訴会社に保管を託してきたことを認めることができる。しかし、右株券寄託の事実は、前認定の株券発行の事実認定を左右するものではなく、その他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。しかるに、控訴人が訴外小島大三から本件株式の譲受契約のもとに本件株券引換証等の引渡を受けた時期は昭和二十九年五月四日であるから、控訴人は本件株式につき株券の具体的発行があつた後に右株式譲受の契約をしたものといわなければならない。

しかのみならず、控訴人は株券発行前に本件株式を譲り受けた旨主張するものであるが、株券発行前の株式譲渡は会社に対し何等の効力も生じないことは商法第二百四条第二項の明定するところであるから控訴人の右主張はそれ自体理由がなく、採用に値しない。

してみると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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